畑 昌育, QST 関西研
受賞対象:高強度レーザー駆動イオンビームの応用を目指したプラズマダイナミクスの研究
"Dynamics of laser-driven heavy-ion acceleration clarified by ion charge states",
Physical Review Research 2, 033081 (2020)
"Pulse duration constraint of whistler waves in magnetized dense plasma",
Physical Review E 104, 035205 (2021)
選考理由
畑氏はこれまで、高強度のレーザーと物質の相互作用の解明について数値シミュレーションを利用することにより、高速点火レーザー核融合や、極短パルス高強度レーザーとプラズマの相互作用による粒子加速といった物理現象の解明に取り組んできた。極短パルス高強度レーザーと固体との相互作用においては、メインパルスに先行するプレパルスが、メインパルスと固体との相互作用に大きく影響することが従来から指摘されてきたものの、あくまでも定性的な話であった。量子科学技術研究開発機構の関西光量子科学研究所において、高強度レーザーによる銀薄膜の照射実験を行ったところ、膜厚が十分薄い条件下では付着物由来のプロトンがそれほど加速されず、ターゲット本体である銀が高価数電離状態で加速されるという予想外の実験結果が得られた。畑氏は衝突過程および電離過程を組み込んだ相対論的電磁粒子コードでシミュレーションを行うことで、極高強度のレーザーにおいては、メインパルスのライジングエッジ部分の形状が重要であることを示した。この部分がメインパルスの数百フェムト秒前より相対論的な相互作用をし、結果として生成された比較的弱い加速電場で、固体薄膜表面の不純物層由来の軽イオンを加速して飛ばされるため、ターゲット本体の重イオンのみがメインパルスによって生成された極高強度場によって多価電離され、高エネルギーにまで加速されることを明らかにした。この結果は、最先端の超高強度レーザーの技術でも制御が困難である実際のパルス波形を制御することの重要性を示しており、レーザー駆動イオン加速分野に大きなインパクトを与えたとともに、新しいレーザーの波形制御手法の開発にトリガーをかけた。以上の理由により、畑氏は日本物理学会若手奨励賞(ビーム物理領域)に相応しいと判断する。
山口 孝明, KEK
受賞対象: 電子蓄積リングにおける静的ロビンソン不安定性の系統的な研究
"Systematic study on the static Robinson instability in an electron storage ring",
Physical Review Accelerators and Beams 26, 044401 (2023)
選考理由
円形加速器において、ビーム電流の増加に伴うビーム不安定性は極めて重要な課題である。縦方向(ビーム進行方向)の不安定性のうち、static Robinson instability と呼ばれる不安定性は、加速空洞内でのビーム負荷によってコヒーレント振動に対する収束力が低下し失われることを原因とするもので、1964年にRobinsonによって予言され、多くの円形加速器で実証されている不安定性であるが、これまで理論と実験とを体系的に比較した研究は行われてこなかった。山口氏は、コヒーレント振動数とstatic Robinson instabilityの両方を実験的に測定し、その結果を理論的な予想と体系的に比較するという研究を、高エネルギー加速器研究機構フォトンファクトリーの2.5GeV電子蓄積リングで行った。大電流ビームを蓄積した状態で空洞電圧を下げるという手法でstatic Robinson instabilityを発生させ、理論的な予想であるビーム位相のシフトを世界で初めて観測した。また、RF空洞電圧に位相変調を与えてビームの応答を測定する手法により、様々なビーム電流・空洞電圧のもとでの縦方向コヒーレント振動数を系統的に測定し、static Robinson instabilityのしきい値付近におけるこれまでの理論では説明できない鋭い共鳴ピーク、ビームの振動モードを発見した。さらに、しきい値付近でのbeam Robinson modeと呼ばれる振動モードの振動数が理論と大きく異なることも発見した。これらの発見は、確立したと考えられていた縦方向コヒーレント振動の理論に一石を投じる新発見であり、今後の新しいビーム物理を拓く可能性を持つものである。以上の理由から、山口氏は日本物理学会若手奨励賞(ビーム物理領域)に相応しいと判断する。
郭 磊 名古屋大学
受賞対象:
"Photo-cathode Studies for High Performance Linear Accelerators" (広島大学 博士論文(理学)2017)
"Graphene as reusable substrate for bialkali photocathodes",Phys. Lett. 116, 251903 (2020)
"pn-type substrate dependence of CsK2Sb photocathode performance",Phys. Rev. Accel. Beams, 22, 033401 (2019)
選考理由
郭氏は、大学院博士課程から現在に至るまで、一貫してアルカリ金属を用いた電子源フォトカソードの基礎研究に取り組んできた。フォトカソードの研究では、カソード本体の材料開発やカソード表面の活性化技術を課題として選択するのが一般的であるが、郭氏は、フォトカソード薄膜を成長させる基板材料に着目してきたことが他に類を見ないユニークな点である。マルチアルカリフォトカソードの一種、CsK2Sbに関する研究では、基板の結晶方位が量子効率に大きく寄与することを実験、理論の両面から明らかにし、10%以上の量子効率を達成する技術を確立した。また、n型とp型の異なる基板上に成膜したCsK2SbとCs3Sbについて、p型基板の方が量子効率が高いことを示し、それがカソード材料と基板間のエネルギー状態で説明できることを示した。さらに、グラフェンをコーティングした基板上にCsK2Sbを蒸着することによって、加熱洗浄によるCsK2Sbの再成膜に成功した。これは、化学的、熱的に安定なCsK2Sbフォトカソードを同じ基板上に繰り返し成膜できることを示しており、画期的な実用性のある成膜技術として高く評価できる。また、GaAs系半導体における負電子親和性表面活性化の研究を行い、通常使用されるガスとは異なるガスを用いて活性化メカニズムをモデル化し、表面活性化現象の理解にも大きな貢献をもたらした。これら一連の研究を主導的に遂行してきたことも評価できることから、郭氏は日本物理学会ビーム物理領域若手奨励賞にふさわしい。
守屋 克洋 JPARC
受賞対象:
"Experimental Study of Low-Order Resonant Beam Instabilities in Circular Accelerators Using a Linear Paul Trap" (広島大学・博士(理学) 2017)
"Double stop-band structure near half-integer tunes in high-intensity rings",Phys. Rev. Accel. Beams, 19, 114201 (2016)
"Experimental study of integer resonance crossing in a nonscaling fixed field alternating gradient accelerator with a Paul ion trap", Phys. Rev. Accel. Beams, 18, 034001 (2015)
選考理由
守屋氏の研究は、加速器における横方向運動を実験的に模擬したS-PODという小型ポールトラップ(LPT)を用いた卓上イオントラップ装置でビーム不安定性の研究を行ったものであり、ビーム力学における低次モード共鳴の理解を深めることに貢献した。第1の業績は、S-PODで実施した大強度ビームに対する低次の共鳴条件に関する研究である。外場である電場で収束力を変化させ、その際のイオンロスから共鳴現象を議論している。大強度時には低次の共鳴ラインが2本存在すると提唱されていた理論を実験的に証明し、さらに空間電荷力を考慮したシミュレーションによる物理的解釈を与えた。これらは、大強度ビームにおける複合的なビームロス起源を分離して解明した点において、ビーム物理学的に大きく評価出来る。第2の業績は、欧州にてミューオンコライダーの初段加速器として期待されているNS-FFA加速器の原理検証機である英国のEMMAのビーム運動をS-PODで模擬し、局所的双極誤差磁場による1次共鳴の影響によるビームロスを検証すべく行ったものである。S-PODで時間的に双極磁場のエラーを与えて1次共鳴を励起できるよう候補者自ら装置を改造して実験を行った。共鳴の強さや横断のスピードを変化させ、1次共鳴におけるエミッタンス増大やビームロスを系統的に調査しており、かつその共鳴における物理現象も理論的に解釈を加え、横断スピードなどのある条件下であれば、ビームロスを抑制できることを示した。1次共鳴は一番強い共鳴であり最大のビームロス起源として認知されていたが、理論的に問題とならない条件があるとも提唱されていた。NS-FFAでは、ビーム加速と共にその共鳴横断が生じるため問題となると一般的に議論されていたが、条件によっては問題とならない可能性があることを実験、理論両面から示した。従来の概念を覆し、ビーム物理学に基づいて加速器技術の可能性を拡げたという点において素晴らしい成果である。これらの成果を第一原理から博士論文として丁寧にまとめており評価できる。以上より、守屋氏は日本物理学会ビーム物理領域若手奨励賞候補にふさわしい。
黄 開 QST関西
受賞対象:
"Electro-optic spatial decoding on the spherical-wavefront Coulomb fields of plasma electron sources", Scientific Reports 8, 2938 (2018)
"Variation in electron emission time in weakly nonlinear laser wakefield acceleration", Physical Review Accelerators and Beams 22, 121301 (2019)
"Single-Shot Electro-Optic Sampling on the Temporal Structure of Laser Wakefield Accelerated Electrons", Crystals, 10, 640 (2020)
選考理由
黄氏は電気光学効果を用いた電子ビーム計測をレーザープラズマ加速で発生直後の電子に適用し、電子ビームバンチ計測・タイミング計測に実験・理論の両面から研究に取り組んできた。黄氏はプラズマ電子ビーム発生点近傍における電子のつくるクーロン電場を電気光学効果を用いた空間デコード法で計測する際に、電場を球面波として取り扱うことでバンチ長・タイミング計測を成功させた。さらに、レーザーと電子ビームとの間にディレイとジッターが生じていることを実験的に初めて見いだし、その発生メカニズムを提案し数値計算により説明した。さらに、そのメカニズムの分析に基づきディレイとジッターが小さくなる「イオン化入射法」を採用することで、解決できることを実験・数値計算により証明している。さらに、電気光学効果を用いたバンチ長計測の限界に挑み、10fs 程度の分析ができることを見出している。空間デコード法改良の成果は、電子ビーム計測一般に新たな知見をもたらした。また、それを応用した彼の成果は、プラズマ電子ビーム生成、バンチ構造の理解、ステージング加速といったレーザープラズマ加速に関連したビーム物理を大きく発展させる礎として高く評価できる。したがって、黄氏は日本物理学会ビーム物理領域若手奨励賞候補にふさわしい。
久保毅幸 高エネルギー加速器研究機構
受賞対象:
"Radio-frequency electromagnetic field and vortex penetration in multilayered superconductors", Applied Physcs Letters 104, 032630(2014)
"Surface impedance and optimum surface resistance of a superconductor with an imperfect surface",Phys. Rev. B 96, 184515 (2017)
"Field-dependent nonlinear surface resistance and its optimization by surface nanostructuring in superconductors", Phys. Rev. B100, 064522(2019)
選考理由
超伝導加速空洞の大きな課題は,加速勾配の向上である。
近年,積層薄膜構造,120度ベイキング,窒素インフュージョンなどによる加速勾配の向上が報告されているが,その理論的な裏付けは十分になされていない。久保氏は,積層薄膜構造の理論構築にとりくみその基礎を築いた。また120度ベイキングや窒素インフュージョンによる加速勾配の向上も積層薄膜構造として理解できることを示唆するなど,その貢献は高く評価できる。
さらに,加速空洞のQ値の磁場依存性と表面処理方法の関係をBCS理論の帰結として説明することを見いだしたことも高く評価できる。
このように,久保氏は超伝導加速器空洞開発を物理学(科学)として構築することに多大な貢献をしてきた。
久保氏のモデルは世界的にも実験的な検証などが広くなされており,その業績は日本物理学会ビーム物理領域若手奨励賞にふさわしいと判断する。
全 炳俊 京都大学エネルギー理工学研究所
受賞対象:
"Generation of High Quality Electron Beam Using a Thermionic RF Gun for Mid-Infrared Free Electron Lasers", 京都大学博士論文
"High-extraction-efficiency operation of a midinfrared free electron laser enabled by dynamic cavity desynchronization", Phys. Rev. A and B 23, 070701 (2020)
選考理由
全氏の業績は,自由電子レーザー,特に京都大学中赤外自由電子レーザー(KU-FEL)の性能向上に関するものである。
同氏はまず,熱陰極高周波電子銃におけるビーム負荷変動について,高周波の制御や,Cavity Detuning法によるビームエネルギー補償を研究した。特にCavity Detuning法は同氏が回路解析から見いだしたものであり,その点は高く評価できる。
また博士論文は自由電子レーザーの理論,ビーム負荷変動の要因とその補償方法の原理から,実際に行ったアイディアの実装まで丁寧に書かれており,その完成度は高い。さらにこの成果をもとに研究を発展しKU-FELの引き出し効率の向上を実現したことも高く評価される。
以上の理由により,日本物理学会ビーム物理領域若手奨励賞に値すると判断する。
北村遼 東京大学大学院理学系研究科
受賞対象:
"Demonstration of the muon acceleration with Radio-Frequency Quadrupole linac
(RFQ線形加速器を用いたミューオン加速の実証実験)"、北村遼 東京大学大学院理学系研究科 博士論文 (2018年7月)
選考理由
受賞対象となった研究は,世界初の高周波線形加速器によるミューオン加速の実証である。
低エミッタンスのミュー粒子ビームは,μ粒子の異常磁気モーメントや電気双極子モーメントの高精度測定などの素粒子実験や,物質内部の非破壊測定など,その波及効果は大きい。
従来のミュー粒子生成は,陽子の崩壊から生成されたパイ粒子の崩壊という3次粒子を利用しており,位相空間における広がりを避けることはできかった。本研究では表面ミューオンから負ミューオニウムイオンをつくることで,従来にくらべ3桁低い低エミッタンスミューオンビームを得ることに成功した。さらにその高周波による加速に世界で初めて成功し,エネルギー可変な低エミッタンスミューオンビーム生成の道を切り開いた。
応募者の北村氏は,一連の研究のなかで,低強度のミューオニウム同定のためのビーム診断装置の開発,加速実験のためのビーム診断系の開発,また実験データの解析など,研究全体を通じで大きな寄与をしたと認められる。
本研究のような,多人数の実験グループにおける個人の寄与の評価には難しい点があるが,審査対象論文である応募者の博士論文には,実験装置の構築から性能評価に至る詳細な記述が行われており,応募者の主体的な寄与無しでは不可能なレベルと認められる。また,研究の意義について,その素粒子物理学への応用についての詳細な記述がなされていることは,応募者の研究者意義に対する知見と熱意がうかがわれ,研究者としての将来の活躍が大きく期待されるものである。
以上の観点から,北村遼氏を第14回日本物理学会若手奨励賞ビーム領域の受賞に値すると判断する。
松葉 俊哉 広島大学
受賞対象:
“Generation of vector beam with tandem helical undulators”, Appl. Phys. Lett. 113, 021106 (2018).
選考理由
光渦やベクトルビームといった空間的に強度、位相、偏光状態が構造を持つ光は structured light と呼ばれ、超高解像の蛍光顕微鏡への応用が 2014 年度のノーベル化学賞に選ばれるなど、structured light は近年注目されているトピックである。加速器光源におけるstructured light発生の研究は、アップル型アンジュレータの高次高調波が円偏光の光渦となることが2008年に提唱されて以降進化し、2013年にドイツBESSYにて初めて光渦が観測された。Structured lightは回折限界光でないと観測されないため、国内の回折限界光源であるUVSORを用いて理論・実験両面で光渦の研究が精力的に行われている。
松葉氏らによる本研究はUVSORでのstructured light発生の研究をさらに推し進めるものである。同氏らはタンデム型の円偏光アップル型アンジュレータから生成された2つの光渦を重ね合わせることで、光の偏光方向が光軸まわりの方位角に依存して変化する「ベクトルビーム」を生成できることを提唱し、世界で初めて実証した。松葉氏は計算コードSRW(SYNCHROTRON RADIATION WORKSHOP)をアップル型アンジュレータからのベクトルビーム生成過程に応用し、実験とよく一致することを示した。松葉氏の、独創的なアイディアと、それをUVSORにおける実験に持ち込み、世界に先駆けてそれを実証した実行能力は高く評価される。
将来、ベクトルビームが応用され、本論文が脚光を浴びるのは間違いないと考えられる。松葉氏は、今後のベクトルビーム研究を主導する役割を担うことができる人材である。
以上のことから、松葉氏を日本物理学会ビーム物理領域の若手奨励賞に値すると判断する。
福島 慧 ミシガン州立大学
受賞対象:
“Coherent resonance stop bands in alternating gradient beam transport”, K. Ito, H. Okamoto, Y. Tokashiki and K. Fukushima, Phys. Rev. Accel. Beams 20, 064201 (2017).
“Design study of a multipole ion trap for beam physics applications”, K. Fukushima and H. Okamoto, Plasma and Fusion Research 10, 1401081 (2015).
“Experimental verification of resonance instability bands in quadrupole doublet focusing channels”, K. Fukushima, K. Ito, H. Okamoto, S. Yamaguchi, K. Moriya, H. Higaki, T. Okano, and S. M. Lund, Nucl. Instrum. Meth. A 733, 18 (2014)
選考理由
広島大学先端物質科学研究科ビーム物理グループは、非中性プラズマの閉じ込め技術を利用した卓上サイズの実験装置S-POD (Simulator of Particle Orbit Dynamics)を独自に開発し、これを用いたビーム物理学研究を強力に推進している。荷電粒子収束系のデザインを自在に変更できるのみならず、数値シミュレーションより圧倒的に高速であるというS-PODの利点は、大強度ビームに固有のクーロン自己場が駆動する集団共鳴ビー ム不安定性に関する数多くの実証実験に活かされ、S-PODによる「実験室加速器物理」は世界的注目を集めている。
福島氏は、この研究グループに卒業研究から学位取得まで参加し、主としてPIC (Particle in Cell)コードを用いた多粒子シミュレーションを担当した。現状S-PODで直接観測可能な物理量は限られているため、S-PODで得られた実験結果を物理的に解釈するには膨大なPICシミュレーションとの比較が必要不可欠で、福島氏はここ5年間に発表された9編の論文のPICシミュレーションをほぼ一人で担当するなど、ビーム物理学に大いに貢献して来た。とりわけ、非スケール型FFAGにおける低次共鳴横断時のエミッタンス増大率に対するスケール則の導出、及びS-POD実験で観測された1/4整数チューン近傍のビーム不安定性が高次共鳴によるものではなく、15年前に理論的に提唱された線形集団共鳴ビーム不安定性によるものとの解釈すべきことを明らかにしたのは福島氏の顕著な功績である。加えて、主たる集束力を発生する線形四重極場とは独立に非線形多極場(六重極や八重極など)を調整する機構をS-PODに追加する詳細な設計研究も行った。非線形多極場の存在は現実の加速器では本質的で、福島氏が提案する改良型S-PODにより、より広汎なビーム物理研究が可能になるものと期待される。
現在、福島氏は、米国FRIB(Facility of Rare Isotope Beam)計画に参加し、FRIB線形加速器全体のエンベロープトラッキングを高速で行うFLAME(Fast Linear Accelerator Modeling Engine)というシステムの高度化を担っており、今後とも、ビーム物理研究において活躍するものと期待できる。
以上のことから、福島氏を日本物理学会ビーム物理領域の若手奨励賞に値すると判断する。
今城想平 京都大学(現 名古屋大学)
受賞対象:
博士論文「J-PARC MLFにおけるドップラーシフターによる超冷中性子ビーム生成とその解析」(京都大学・博士(理学))
選考理由
今城氏は、大強度陽子加速器J-PARCにおいて中性子ビームを減速し超冷中性子(UCN)を生成するためのドップラーシフターを開発し、物質・生命科学実験施設(MLF)のBL05 NOP(Neutron Optics and Physics)ビームラインに設置してUCN生成に成功しました。これにより、J-PARC 1MW 運転時には計数率 80 cps、 生成直後の体積密度 1.4 UCN/cm3 の UCN が生成される見通しです。ドップラーシフターによる UCNとしては、先行するArgonne National Laboratory の Dombeck らが開発し Brun らが 1980 年に報告したものより12 倍以上大きな値です。この成果は、nEDM(中性子電気双極子モーメント)探索などこれからの中性子利用研究を加速する極めて波及効果の大きいものです。設置の過程で、ドップラーシフターまでのビームラインの改良(シミュレーションを用いたスーパーミラーガイドの設計・設置とその性能評価、集光ガイドの設計・製作・設置、UCN検出器のアップグレードとその性能評価)を担当して、これらを組合わせたUCN生成実験の成功に多大な貢献をしました。更に今城氏が主体的に行ったこととして、観測されたUCNスペクトルのシミュレーションとの不一致の原因を突き止めるために、ドップラーミラーの反射率再評価を提案してMLFのBL16で測定を行い、過去に測定したものと最大20%程度異なる値を得ました。この新たに測定した反射率をシミュレーションに導入して、スペクトルを定性的、定量的によく再現することを示しました。また、一般に使用される精度以上でスペクトルの検討をするために、通常考慮されていないモデレーターの大きさや中性子減速時間を計算に入れ、より詳細なシミュレーションを確立しています。これらの一連の研究開発において核心をなす部分において今城氏の大きな寄与が認められます。
また、今城氏は J-PARC Linac のビームを用いた3000 UCN/cm3 以上の UCN を生成する核破砕中性子源の建設(NOPグループ提案)において重要な役割を果たすと期待される中性子加速器「UCNリバンチャー」の開発についても、日本物理学会、加速器学会、国際会議などにおいて主体的に研究発表を行っております。
以上により、今城氏は新物理の探索など意欲的な物理の推進を目指しているこの分野への今後の貢献が大いに期待できる、日本物理学会若手奨励賞(ビーム物理領域)に相応しい若手研究者であると判断します。
永田 祐吾 東京農工大学工学部
受賞対象:
"A source of antihydrogen for in-flight hyperfine spectroscopy", N. Kuroda, S. Ulmer, D.J. Murtagh, S. Van Gorp, Y. Nagata, et al., Nature Communications 5, 3089 (2014).
"A novel property of anti-Helmholz coil syntheses of antihydrogen atoms: formation of a focused spin-poarized beam", Y. Nagata and Y. Yamazaki, New J. Phys. 16, 083026 (2014).
"Cooling by Spontaneous Decay of Highly Excited Antihydrogen Atoms in Magnetic Traps", T. Pohl, H. R. Sadeghpour, . Nagata, and Y. Yamazaki, Phys. Rev. Lett. 97, 213001, (2006).
選考理由
永田氏はCERNのAD (Anti-proton Decelerator)から得られる反陽子から基底状態の反水素原子を生成し、原子核分光の手法により水素原子と比較することでCPT対称性の破れを検証するユニークな実験計画であるASACUSAに参加しています。永田氏はアンチヘルムホルツコイル型の磁場(カスプ磁場)中での水素原子の脱励起による冷却の発見、カスプ磁場の収束作用の定量的評価、ダブルカスプ磁場による収束作用を利用した反水素原子ビームの強度および偏極度の増大、BGO無機シンチレーターによる反水素信号の同定と宇宙線バックグラウンド事象の抑制など、実験の核心をなす部分において大きな寄与が認められます。これらの研究内容は、力学系としてのビームの性質を理解し、制御するという、ビーム物理的要素が多く含まれ、また反水素合成というユニークな研究において、反水素原子の生成およびその確認に大きな寄与が認められることから、日本物理学会、ビーム物理領域の若手奨励賞にふさわしいものと判断いたします。
そもそもビーム物理とは、ビームという科学研究において利用範囲の広い力学系を結節点として、異分野の融合による科学研究の進展、またあらたな分野の創出を意図したものです。今回の受賞対象となった研究はCPT対称性の破れの検証という素粒子物理学における一大テーマを目的としたもので、永田氏の業績が示す通り、そこにビーム物理的手法を持ち込むことで、反水素ビームの増大が実現され、反水素原子による原子核分光という新たな研究の扉が開かれたことは示唆的です。この受賞をきっかけとして、原子核分光にとどまらず、ビーム物理と他分野との連携が深まり、科学研究の新たな展開、そして研究分野の広がりが、今後より一層進展することを期待します。
以上の理由から、永田氏は若手奨励賞に値すると判断する。
原田 寛之 日本原子力研究開発機構 J-PARCセンター
受賞対象:
博士論文 Painting-injection study using a virtual accelerator in a high-intensity proton accelerator (広島大学・博士(理学))
関連発表論文:
“Beam-commissioning study of high-intensity accelerators using virtual accelerator model”, Nuclear Instruments and Methods in Physics Research A602, (2009) 320-325
“Painting-injection study suing a virtual accelerator in a high-intensity proton accelerator”, KEK report 2009-7, September 2009 A
“Beam emittance control by changing injection painting area in a pulse-to-pulse mode in the 3GeV rapid cycling synchrotron of Japan Proton Accelerator Research Complex”, PHYSICAL REVIEW SPECIAL TOPICS- ACCELERATOR AND BEAMS, 16, 120102 (2013)
“Quantum monitoring of the stripper foil degradation in the 3-GeV rapid cycling synchrotron of the Japan proton accelerator complex, J Radioanal Nucl chem (2014) 299:1041-1046
選考理由
原田氏は、J-PARC RCSにおけるペインティング入射の確立およびビームコミッショニング用オンラインシミュレーションシステム(仮想加速器とも呼ばれる)の開発に中心的な役割を果たし、RCSの初期ビームコミッショニングとその後のビーム強度増強に大きく貢献した。ビームコミッショニング用オンラインシミュレーションシステムでは現実の加速器に含まれる理想値からのズレを実測に基づいて詳細に評価し計算モデルに反映している。これは、実際のビームを理論と近づける努力という観点で大きな成果であるばかりでなく、このような手法は先端的なビーム加速システムを構築する際には大変重要なアプローチであり、今後標準的なものとして使われていくと思われる。また、原田氏は、大電流加速器では大きな問題となるビームロスに対してもシミュレーションと実験によって原因を特定し改善するなどの成果を挙げている。原田氏の基礎的な観点からマシンスタディを行うという態度はビーム物理としての王道であり、原田氏の高い能力が伺える。これらの成果は、博士論文やいくつかの査読付き論文としてまとめられており、原田氏の貢献は多大であると判断できる。
以上の理由から、原田氏は若手奨励賞に値すると判断する。
中尾 政夫 (独)放射線医学総合研究所 重粒子医科学センター 物理工学部・サイクロトロン運転室
受賞対象:
博士論文 シンクロ・ベータトロン共鳴結合による間接的横方向レーザー冷却の実証(京都大学・博士(理学))
関連発表論文:
“Resonance coupling induced enhancement of indirect transverse cooling in a laser-cooled ion beam”, PHYSICAL REVIEW SPECIAL TOPICS- ACCELERATORS AND BEAMS, 15, 110102 (2012)
選考理由
中尾氏の研究は、イオンビームのレーザー冷却に関するもので、通常ビーム進行方向の冷却に限られているレーザー冷却を横方向に拡張する手法として理論的に提案されていたシンクロ-ベータトロン共鳴結合法を実験的に実証し、レーザー冷却によって実現された横方向の世界最低温度を達成した。
具体的には、進行方向冷却をエネルギー分散を経由したx−s結合を利用してx方向に効率的に回り込ませ、シンクロベータ共鳴条件を用い効率的にx方向の冷却を行う手法(シンクロ-ベータトロン共鳴を利用した冷却力の三次元化)の実験を小型イオン冷却蓄積リングS−LSRにおいて行い、この手法によるイオンビームの横方向レーザー冷却を世界に先駆けて実験的に実証した。この成果は結晶化ビームストリングの形成に向けた重要な一歩としてビーム物理学上極めて大きな意義を持つ。シンクロ-ベータトロン共鳴結合の手法自体は彼自身の発案によるものではないが、色素レーザーの安定発振、倍波生成、イオンビーム軌道への導入、さらにはビームサイズのCCDによる観測と、実験のすべての面において粘り強く研究開発に取り組み、素晴らしい成果を上げたことは大いに評価できる。レーザーと荷電粒子ビームとの相互作用は、基礎科学的にも、応用技術的にも、大きな発展性を秘めており、そのような観点からも中尾氏は将来の活躍が期待される。
以上の理由から、中尾氏は若手奨励賞に値すると判断する。
井上 竣介 京都大学化学研究所
受賞対象:
博士論文 Femtosecond Electron Deflectometry for Measuring Ultrafast Transient Field Induced by Intense Laser Pulses
(高強度レーザー誘起超高速過渡電場測定のためのフェムト秒電子偏向法) (京都大学・理学博士)
関連発表論文:
“Autocorrelaltion Measurement of Fast Electron Pulses Emitted through the Interaction of Femtosecond Laser with a Solid Target”, Physical Review Letters, 109, 185001 (2012)
“Femtosecond electron deflectometry for measuring transient fields generated by laser-accelerated fast electron”, Applied Physics Letters 99, 031501 (2011)
“Single-shot microscopic electron imaging of intense femtosecond laser-produced plasma”, Review of Scientific Instruments 81, 123302 (2010)
選考理由
井上竣介氏は、高強度レーザーを固体に照射したときに生成されるレーザー加速電子パルスを用いて超高速に変化する電磁場を観測する「フェムト秒電子偏向法」を開発し、レーザープラズマ近傍に生成された過渡的な電場を100 フェムト秒程度の時間分解能で測定することに成功した。さらにレーザー加速電子のパルス幅やそれらが作り出す電場を、2つの電子ビームに時間差をつけて相互作用(自己相関)させるという独自の方法で計測し、過渡的な電場の強さと電子ビームのパルス幅計測を精密に評価した。これらは、レーザープラズマ相互作用の理解に対して実験的なデータを提供する点で重要であるとともに、応用の観点からは時間分解型電子顕微鏡へと繋がる成果であり、今後の発展が期待される。 井上氏自身の貢献は、その成果が博士論文としてまとめられていること、及び井上氏を筆頭著者とする質の高い関連論文が3本あることから、多大であると判断できる。これらの成果は、他領域と比較しても井上氏が若手研究者としてハイレベルな資質を有することを示しており、井上氏の今後の活躍も非常に期待できる。
以上の理由から、井上氏は若手奨励賞に値すると判断する。
平 義隆 独立行政法人 産業技術総合研究所
受賞対象:90度衝突レーザーコンプトン散乱を用いた超短パルスガンマ線発生とその応用に関する研究
選考理由
平 義隆氏は、放射光源用電子蓄積リングを用いて、レーザーコンプトン散乱によるガンマ線領域の超短パルス光源の開発とその超短パルスガンマ線を用いた陽電子消滅寿命測定実験を世界で初めて行った。
近年、レーザー、電子線、エックス線などの量子ビームにおいてサブピコ秒領域での発生手法が活発に研究され、高速現象の観測における強力なツールとして利用されているが、ガンマ線の超短パルス化に関する研究はこれまで行われていなかった。平氏は小型シンクロトロン光源加速器UVSOR-IIにおいて、垂直サイズの小さい周回電子ビームに対してレーザーを直角方向から入射することによって超短パルスのガンマ線を発生させること、またレーザーの入射角度を変えることで発生するガンマ線のエネルギーを連続可変とすることに成功した。レーザーを直角方向から入射して超短パルス線を発生させる方法は、ライナックからの低エネルギー電子ビームに対して行われている超短パルスエックス線の発生法から着想したものであるが、電子ストレージリングのビームに対して適用したのはこれが世界で初めてである。平氏はまた、この超短パルスガンマ線を用いて陽電子消滅寿命測定を行い、材料欠陥評価に応用できることを示した。陽電子の消滅寿命より十分短いガンマ線のパルス幅が得られるようになったことで初めて実現した応用である。
また、サブピコ秒領域のパルス幅を直接測れる装置がないため、平氏は陽電子消滅寿命測定実験データから間接的に導きだす手法を考案して、生成した超短パルスガンマ線のパルス幅が電子ビームのバンチ長よりも確かに短くなっていることを示した。さらに、光カー効果を用いた超短パルスレーザーと超短パルスガンマ線のポンププローブによるパルス幅測定方法を検討し、サブピコ秒領域のパルス幅の測定が可能であることを示した。
以上のように、平氏は本研究分野の魁となる研究を行い将来の発展に寄与する優れた成果をあげた。
よって、ビーム物理領域奨励賞に相応しいと判断する。
時田 茂樹 京都大学化学研究所
受賞対象
選考理由
時田茂樹氏は、レーザー電子加速による比較的低エネルギー(数100 keV〜1 MeV)の超短パルス電子ビーム発生の研究においてきわめて独創的な成果をあげた。
物質の状態やその変化を調べるには高い空間と時間分解能をもつ観察手法が求められているが、これまでの時間分解電子線回折実験はすべて数psの時間分解能に留まっていた。時田氏は、空間電荷効果を抑え超短パルスかつ大電流の電子ビームを発生させる方法を提案・実証し、500 fsの電子パルスを実現した。これは、フェムト秒テラワットレーザーを1018 W/cm2の強度で薄膜上に集光し、レーザー薄膜相互作用で生成加速される電子パルスを350 keVで運動量幅1 %に切り出し、色消し偏向磁石システムを用いてパルス圧縮することにより得られたものである。そして、この電子源を用いて金の単結晶の回折像を単一パルスで撮像することに世界で初めて成功した。時田氏はまた、5x1018 W/cm2のフェムト秒テラワットレーザーを直径300 mの金属細線ターゲットに照射することによって、200-400 keVの発生電子が細線端より放射され、従来の方法による電子線に比べて輝度が数10倍で指向性の高い電子ビームが得られることを示した。さらに、実験結果をシミュレーションを使って解析し、電子が細線の周りの瞬間的(5 psと50 psの2成分)な電場に捕獲され軸方向に導かれることを明らかにすることによって、レーザープラズマ相互作用の物理に関する理解を深めた。
これらの成果は単一パルス超高速電子線回折の実現においてブレークスルーとなる画期的な業績である。
よって、ビーム物理領域奨励賞に相応しいと判断する。
余語 覚文 日本原子力研究開発機構
対象研究:レーザー駆動イオン加速とその生物応用研究
対象論文
選考理由
余語氏は、陽子線がん治療を目指したレーザー駆動陽子線の高エネルギー化と加速機構の解明、およびレーザー駆動陽子線の生物影響評価の研究を行ってきた。高強度レーザーを固体薄膜に照射した時に、薄膜の裏面に発生する還流電流がトロイダル状の磁場を誘起してプラズマの膨張を防ぐとこで、小型レーザーからの10fs 程度の短いレーザーパルスが大型装置と同等のエネルギーの陽子線を加速できることを示した。また、レーザー駆動陽子線による生物実験装置を開発し、ヒトがん細胞に陽子線を照射する実験を行い、DNA2本鎖切断によるがん細胞の損傷が観測し、レーザー駆動陽子線により発生する短時間幅・高ピーク電流の粒子線が、従来の治療用加速器による粒子線と同等の治療効果を有することを示した。これらの研究は、レーザー駆動イオン(陽子)加速のビーム発生、がん治療に向けた基礎研究において、本研究分野の将来の発展に貢献する優れた成果である。
亀島 敬 理化学研究所
対象研究:アブレーション型キャピラリー放電導波路によるレーザー電子加速の研究
対象論文
選考理由
亀島氏は、高強度レーザーを用いた電子加速で問題となっている加速距離の拡大に対して、アブレーション型キャピラリー放電導波路を用いて解決を試み、0.56 GeV の単色電子加速に成功した。さらに、アブレーション型キャピラリー導波路の寿命問題について、実験を通した考察を行った。これらの研究は、アブレーション型キャピラリー放電導波路を用いたレーザー電子加速の実証と導波路の損傷メカニズムの解明として、レーザー電子加速のエネルギー増大に必要な加速距離の拡大につながる優れた成果である。
岩井 良夫 独立行政法人理化学研究所
対象論文/対象研究
Ion Irradiationin in Liquid of μm3 Region for Cell Surgery
(細胞手術のための液体中の1個の細胞小器官へのイオン照射の研究)
Y.Iwai, et al. Applied Physics Letters 92, 023509(2008)
選考理由
岩井良夫氏の研究は先細型ガラスキャピラリーを用いてマイクロビームを形成し、溶液中の一つ一つの細胞および細胞内小器官にねらいをつけて照射する技術の開発である。放射線生物学においては、対象とする細胞等の典型的な大きさが1μm程度であり、個別の細胞に対してイオンビームのエネルギー付与するには、非常に小さいビーム径に収束させたマイクロビームの形成技術が必須である。従来はイオンビームの輸送路の真空を封じる10μm程度の隔壁があるため、これを通過したビームは進行方向に広がり、1つの細胞だけを照射することが困難であった。
岩井氏は、先細型ガラスキャピラリーの出口を隔壁の代わりに厚さ数μmのガラスで蓋をする新しい技術を開発し、イオンビームのエネルギー付与領域が3次元的に1μmのオーダーで制御を可能にすることに成功した。この蓋付先細型ガラスキャピラリーはミューオンや陽電子のマイクロビーム形成も可能と考えられ、将来的な応用が広いと期待されている。
生体へのビーム照射はガン治療などで広く臨床応用が進められているが、この研究は個々の生きた細胞や組織を狙ってイオンを照射することによって放射線生物学の基礎研究を進展させるものであり、多大な貢献がもたらされると予想される。「細胞手術(cell surgery)《という新しい概念を具現化する発端研究として、新しい放射線生物学研究分野を開拓したものとして世界的にも高く評価される所であり、ビーム物理領域若手奨励賞に相応しいと判断する。
渡部貴宏 財団法人高輝度光科学研究センター(SPring-8)
対象論文
シード光増幅型自由電子レーザーにおける初めてのSUPERRADIANT発振の観測
Experimental Characterization of Superradiance in a Single-Pass High-Gain Laser-Seeded Free-Electron Laser Amplifier
選考理由
渡部貴宏氏の研究は、シード光増幅型の自由電子レーザー(FEL)発振において理論的に予測されていたsuperradiant領域の存在を初めて実験的に明らかにしたものである。
近年X線域での発振を目指した自己増幅型FELの開発が世界各地で進展しているが、これらのFELは電子ビームのショットノイズを種光とするためレーザー光は時間領域において単一モードで成長せず、ランダムなスパイクを持つショットごとに異なるパルス構造である。これに対し外部レーザーを種光とした増幅器型FELでは、増幅過程において種光の時間的性質やコヒーレンスを維持するため出力レベルの安定性も含めレーザー光の諸性質が制御可能と考えられ、より進化した形態として注目されている。更には、より綿密な理論的研究から、このような増幅器型FELにおいてはシード光パルスが電子バンチに比べて短いなどの条件下で通常の指数関数的増幅過程の飽和後、FEL光の群速度が光速に近づく伝搬領域に進入し、時間依存性に特徴づけられるsuperradianceと呼ぶ新たな非線形レーザー増幅過程が起きると予見されていた。
当該論文ではシード光増幅型FEL光の波長領域および時間領域における強度と位相の分布を、高度な測定技術によって質の高いデータを取得し数値シミュレーションと比較して、superradianceの存在を検証した。この実験は光測定のみならず高品質の電子ビームを生成する高度な加速器技術が上可欠であるが、渡部氏は実験グループの中心的存在として、これらを極めて高いレベルで駆使したと認められる。
この研究はFEL物理の実験的検証にとどまらず、光(レーザー)と電子ビームの融合による新しい光源の物理研究分野を開拓したものとして、世界的にも高く評価される所であり、ビーム物理領域若手奨励賞に相応しいと判断する。
神門正城(日本原子力研究開発機構 量子ビーム応用研究部門)
対象論文
M. Kando, Y. Fukuda, A. S. Pirozhkov, J. Ma, I. Daito,L.-M. Chen, T. Zh. Esirkepov, K. Ogura, T. Homma, Y. Hayashi, H.Kotaki, A. Sagisaka, M. Mori, J. K. Koga, H. Daido, S. V. Bulanov, T.Kimura, Y. Kato, and T. Tajima,
"Demonstration of Laser-Frequency Upshift by Electron-Density Modulations in a Plasma Wakefield", Phys. Rev. Lett. 99, 135001 (2007)
選考理由
神門正城氏の仕事は、これまで理論的可能性が指摘されていたレーザープラズマ飛翔鏡について、実験的にその効果を検証したものである。プラズマ中に高強度超短パルスレーザービームを照射することで、 ほぼ光速で進行するプラズマ電子の疎密構造が生まれる、これが、 あたかも光速に近い速度で進行する鏡のような効果を発揮するというのが、飛翔鏡の最も重要なポイントである。この効果が実現すれ ば、飛翔鏡に対向してレーザービームを入射することで、飛翔鏡による反射および集光、さらに相対論的ドップラー効果による波長変換によって、より高エネルギーにシフトした高強度超短パルス光が生成できると期待される。
提出された論文によれば、生成パルス光の計測を通じて、短パルス化、短波長化、狭帯域スペクトル特性などを確認し、生成パルス光 が、トムソン散乱や高調波生成の結果生じたものではなく、電子群との集団的相互作用の結果によって生成されたと結論、飛翔鏡としての効果を実証している。
この実験的検証においては、精密な時間空間的アラインメントの実現や、適 切な計測装置による生成パルス光の評価が肝要であるが、 神門氏は実験チームの中心的存在としてこれらを遂行したと判断される。
以上の仕事は、物理学における新しい分野展開の端緒を示したもので、世界的にも高く評価される所であり、ビーム物理領域若手奨励賞に相応しいものと判断した。
黒田直史 ASACUSA Collaboration (AD-3) / PH/UAD, CERN; 理化学研究所山崎原子物理研究室
選考理由
黒田直史氏はCERNの反陽子減速器(Antiproton Decelerator: AD)からの5.3MeV反陽子ビームをASACUSA(Atomic Spectroscopy AND Collisions Using Slow Antiprotons)のビームラインに設置したRFQ減速器(RFQD)を用いて10~120keVまで減速した後、下流に設置した改良型ペニングトラップで捕獲する手法により、従来のdegrader foilを用いる手法に比して50?の強度である~106 個の低エネルギー(~110keV)反陽子が蓄積可能であることを示し、さらにトラップ内の非中性電子プラズマのモード周波数のシフトの観測により、電子プラズマによる反陽子の冷却過程を非破壊的に実時間測定することに成功している。
同氏が中心となって開発したこの超低速単色反陽子ビームの生成方法により、低エネルギー反陽子と原子の衝突実験、特に反陽子原子生成過程及びイオン化過程の実験的研究、反水素原子の大量生成等の従来上可能と考えられていた種々の研究が可能となり、原子・分子の研究の進展に大きく貢献した。この業績はビーム物理学を駆使した結果達成された成果といえ、境界領域研究、学際研究を牽引するというビーム物理領域ならではの業績といえる。
以上のべた理由により、黒田直史氏のこの業績は、日本物理学会のビーム物理領域の若手奨励賞を授与するにふさわしいものであると判断した。
対象論文
N. Kuroda, H.A. Torii, K. Yoshiki Franzen, Z. Wang, S. Yoneda, M. Inoue, M. Hori, B. Juhasz, D. Horvath, H. Higaki, A. Mohri, J. Eades, K. Komaki and Y. Yamazaki, “Confinement of a Large Number of Antiprotons and Production of an Ultraslow Antiproton Beam”, Phys. Rev. Lett, 94,023401(2005).
上杉智教 放射線医学総合研究所加速器物理工学部
小滝秀行 日本原子力研究所関西研究所
上杉智教氏
上杉氏は放医研のHIMACシンクロトロンに設置されている電子ビーム冷却装置を用い,電子ビーム冷却および冷却蓄積に関する基礎的な実験研究を行い,高密度ビームの振る舞いや2ビーム相互作用に関する重要な知見を得た.
ただし選考委員からは,実験結果の解釈では既成概念に引きずられており,氏独自の視点に基づいたより深い解析やシミュレーションが望まれるとの指摘があった.優れたプロファイルモニタが整備されていることも含めて,HIMACは空間電荷効果の研究に最適であることに鑑み,今後のさらに深い研究が期待される.
対象論文
T.Uesugi, K.Noda, E.Syresin, I.Meshkov and S.Shibuya, “Cool-stacking injection and damping of a transverse ion-beam instability at the HIMAC synchrotron”, Nucl. Instr. and Meth. A545 (2005) 45-56.
小滝秀行氏
小滝氏の主論文はレーザー加速においてポンプのほかにこれに対向するレーザーをプラズマに入射し,単色短シングルバンチを得るという方式の提案である.このような明確な物理的描像にもとづく単色ビーム生成こそ必要であり,実用価値も高い.
ただし応募文では最近の単色ビーム生成実験との関連を明らかにすべきであった.このアイデアへの小滝氏・共著者の寄与の比率が上明であり,シミュレーションだけでは上十分との指摘もあったが,氏が関与した一連の実験と,実験も計算も手がけるという態度が評価された.この論文の提案を早急に実験に移すことが望まれる.